最低賃金「1,176円」は
自社の金額ではありません
報道の数字と、自社に適用される金額の調べ方を分けて整理します
ここで注意したいことがあります。この1,176円は、どの県の事業者にとっても「自社が守るべき金額」ではありません。厚生労働省の発表を読むと、この数字は「仮に目安どおりに各都道府県で引上げが行われた場合の全国加重平均」という条件付きの試算値だと書かれています。
実際に自社が守るべき金額は、都道府県ごとに決まります。そしてその決定は、答申の時点ではまだ終わっていません。この記事では、報道の数字と法令上の数字の違い、自社の金額の調べ方、いつの給与から適用されるのか、そして手当のどこまでが最低賃金に含まれるのかを、厚生労働省の資料をもとに整理します。
決定額ではありません。自社の金額は都道府県ごとに別に決まります
目安はAランク54円・Bランク56円・Cランク56円の引上げ
自社の都道府県がどのランクかで、目安の額が変わります
実際の金額を決めるのは各都道府県労働局長
地方最低賃金審議会の答申を経て決定されます。自県の労働局の発表を確認してください
発効日は県ごとに違う
全国一律ではありません。「うちは10月1日」と決めつけず、自県の発効日を確認します
通勤手当・家族手当・精皆勤手当は最低賃金の計算に入らない
これらを含めて「足りている」と判断すると、法違反になる可能性があります
まず、厚生労働省が実際に発表した文章を確認します。2026年7月28日の報道発表にはこう書かれています。
ここで読み取るべきことが2つあります。
1つ目は、「仮に目安どおりに引上げが行われた場合」という条件が付いていることです。目安は各都道府県に示される参考値であり、そのとおりに決まるとは限りません。
2つ目は、「全国加重平均」だということです。これは全国の労働者数で重み付けした平均値であり、実在するどこかの県の金額ではありません。東京の事業者にとっても、鹿児島の事業者にとっても、1,176円は自社が守るべき金額ではないのです。
では誰が決めるのか。同じ発表にはっきり書かれています。
つまり、7月28日に決まったのは「各県がいくら上げるかを検討するときの目安」までです。自社が守るべき金額は、自県の審議会の答申と労働局長の決定を待って初めて確定します。
目安は全国一律ではなく、都道府県の経済実態に応じてA・B・Cの3ランクに分けて示されています。2026年度の目安は次のとおりです。
埼玉・千葉・東京・神奈川・愛知・大阪
Bランク(28道府県)=56円
北海道・宮城・福島・茨城・栃木・群馬・新潟・富山・石川・福井・山梨・長野・岐阜・静岡・三重・滋賀・京都・兵庫・奈良・和歌山・島根・岡山・広島・山口・徳島・香川・愛媛・福岡
Cランク(13県)=56円
青森・岩手・秋田・山形・鳥取・高知・佐賀・長崎・熊本・大分・宮崎・鹿児島・沖縄
ここで気づく方もいると思いますが、今年度はBランクとCランクが同じ56円で、Aランクの54円より高い金額になっています。
ただし繰り返しになりますが、これはあくまで目安です。実際の金額は各県の審議会が答申し、労働局長が決定するため、目安を上回る県もあります。
鳥取県はCランク(目安56円)ですが、答申額は60円と目安を上回っています。「自社のランクの目安額=自県の引上げ額」ではないことが、実例からも確認できます。
- NGニュースの「1,176円」をそのまま自社の基準にする
- NG「Aランクだから去年+54円」と自分で計算して確定させる
- NGまとめサイトの一覧表だけを見て、労働局の発表を確認しない
確実なのは、自社の事業場がある都道府県の労働局が公表する金額を見ることです。「◯◯労働局 最低賃金」で検索すると、各労働局のページに答申額と発効予定日が掲載されます。
複数の県に事業所がある会社は、事業所ごとに適用される金額が違うことになります。本社の金額で全社を統一していないか、確認が必要です。
派遣社員は例外的な扱いになります。最低賃金法第13条により、派遣中の労働者には「派遣先の事業の事業場の所在地」の最低賃金が適用されます。派遣元(自社)の県ではありません。他県へ派遣している場合は、派遣先の県の金額で判定します。
最低賃金は、決定されたあと「発効日」から効力を持ちます。この発効日は全国一律ではなく、県によって日付がずれます。
つまり発効日は「公示日の30日後」を基準に決まるため、各県が公示した日が違えば発効日も違ってきます。「毎年10月1日」と決まっているわけではありません。
ここが給与計算では重要になります。発効日が違えば、同じ月の給与でも適用が始まる日が違うからです。実際、鳥取県は2026年10月3日が発効予定と発表されており(2026年8月時点)、10月1日発効の県とはずれます。
たとえば発効日が10月3日の県で、月末締めの会社であれば、10月1日〜2日は旧額、10月3日以降は新額で最低賃金を満たしているかを見ることになります。締め日と発効日の関係を確認せずに「10月分から新額」と一括で処理すると、発効日前後で判定を取り違える可能性があります。
なお、最低賃金は「その金額以上を支払う」という法律上の下限です。社会保険料の改定のように「自社の方式で控除月を選べる」という性質のものではありません。発効日以降にその金額を下回っていれば、それだけで法違反になります。
給与の締め日・支給日と改定月の関係を整理しておきたい方は、社会保険料の改定について書いた社会保険料の9月改定はいつの給与から引くのかもあわせてご覧ください。あちらは「自社で選べる」話、こちらは「選べない下限」の話という違いがあります。
実務でもっとも間違いが起きやすいのがここです。支給総額で判断してはいけません。
厚生労働省は、最低賃金の対象となる賃金を「毎月支払われる基本的な賃金」と定義し、実際に支払われる賃金から次のものを除外したものが対象になるとしています。
(2) 1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)
(3) 所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金(時間外割増賃金など)
(4) 所定労働日以外の日の労働に対して支払われる賃金(休日割増賃金など)
(5) 午後10時から午前5時までの間の労働に対して支払われる賃金のうち、通常の労働時間の賃金の計算額を超える部分(深夜割増賃金など)
(6) 精皆勤手当、通勤手当及び家族手当
特に注意が必要なのが(6)です。通勤手当・家族手当・精皆勤手当は、毎月払っていても最低賃金の計算に入りません。
たとえば通勤手当を月1万円払っている場合、給与明細の総額では基準を超えて見えても、その1万円を除いた金額で判定するため、実際には下回っていた——ということが起こります。残業代や賞与も同じく除外されます。
判断に迷ったら、「毎月」「決まって」支払われる基本的な賃金かどうかで考え、最終的には管轄の労働基準監督署に確認するのが確実です。
最低賃金は時間額で決められています。そのため月給制・日給制の従業員については、時間額に換算してから比較します。厚生労働省が示している計算式は次のとおりです。
時間給 ≧ 最低賃金額(時間額)
日給制の場合
日給 ÷ 1日の所定労働時間 ≧ 最低賃金額(時間額)
※ただし日額が定められている特定(産業別)最低賃金が適用される場合は「日給 ≧ 最低賃金額(日額)」で比較します
月給制の場合
月給 ÷ 1箇月平均所定労働時間 ≧ 最低賃金額(時間額)
出来高払制・請負制の場合
賃金の総額 ÷ その賃金計算期間に労働した総労働時間数 ≧ 最低賃金額(時間額)
月給制で使う「1箇月平均所定労働時間」は、年間の所定労働時間を12で割った数字です。その月の実際の勤務時間ではありません。年間所定労働日数250日・1日8時間の会社であれば、250日×8時間÷12か月=166.666…時間となります。
厚生労働省の計算例も、丸めた時間数で割るのではなく「(月額×12か月)÷(年間所定労働日数×1日の所定労働時間)」という形で計算しています。年額と年間所定労働時間で計算するほうが、丸め誤差が入りません。
基本給が日給制で手当が月給制、というように支払形態が混在している場合は、厚生労働省の説明ではそれぞれを時間額に換算し、合計したものを最低賃金額と比較するとされています。日給部分は「1日の所定労働時間」で、月給部分は年額ベースで換算するため、同じ人の中で割る時間が変わります。
1. 通勤手当5,000円を除外する(職務手当は除外しません)
2. 日給部分 6,000円 ÷ 8時間 = 750円
3. 月給部分 (25,000円×12か月) ÷ (250日×8時間) = 150円
4. 合計 750円 + 150円 = 900円
最低賃金が950円の県であれば、900円<950円で下回っていることになります。日給6,000円という金額だけを見ても判断できないのがポイントです。
固定給と歩合給の両方がある場合、厚生労働省の計算例では固定給は1箇月平均所定労働時間で、歩合給は月間総労働時間数でそれぞれ換算し、合計して比較しています。分母を統一しないのが正しい扱いです。
2. 残った金額を、その人の支払形態に対応する式で時間額に換算する(月給と歩合給では割る時間が違います)
3. 自社の事業場がある都道府県の最低賃金額(時間額)と比べる
1を飛ばして総支給額のまま換算するのが、もっとも多い間違いです。
10月前後の発効に向けて、9月のうちに確認しておきたいことを整理します。
- 自県の答申額と発効日/労働局の発表で確認します。複数県に事業所があれば県ごとに
- 時給者の一覧と現在の単価/新額を下回る人を洗い出します
- 月給者・日給者の時間額換算/除外手当を引いてから換算します
- 発効日と給与の締め日の関係/月の途中発効なら期間を分けて判定します
- 雇用契約書・労働条件通知書/単価を変える場合の書面の対応を確認します
特に見落としやすいのが、「最低賃金ぎりぎりではない人」への波及です。時給者の下限を引き上げると、元々少し高かった人との差がなくなることがあります。金額そのものは法違反ではなくても、社内の賃金バランスが崩れるため、あわせて検討が必要になる場面があります。
また、パート・アルバイトの待遇差については、2026年10月に別の制度改正も予定されています。あわせて確認したい方は同一労働同一賃金が2026年10月に変わりますもご覧ください。
気づいた時点で早めに差額を精算し、対応に迷う場合は管轄の労働基準監督署に相談してください。
→ 自社の金額ではない
→ 自県の発表で確認する
→ 10月1日と決めつけない
→ 総支給額で判断しない
→ 1箇月平均所定労働時間で割る
→ 複数拠点は県ごとに判定
最低賃金の判定は、手当のどこまでを含めるか・時間額にどう換算するかで結論が変わります。自社の給与体系で計算が合っているか不安なとき、第三者に一度見てもらうと整理がつくことがあります。
ココナラで経理・税務の相談をする税理士事務所での実務経験をもとに、経理まわりのご相談をお受けしています。
賃金の個別の判断や、最低賃金を下回っていた場合の対応については、管轄の労働基準監督署または社会保険労務士へご確認ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する助言ではありません。
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