青色申告特別控除が変わる
75万円と、45万円の落とし穴
控除が増える話ではなく、「何もしないと減る人がいる」改正です
2027年3月に行う確定申告(令和8年分)は、まだ従来どおりの制度です。「来年から75万円になる」と理解していると1年ずれます。ネット上の解説には「2027年から」とだけ書かれているものが多いのですが、それが取引の年を指すのか申告の年を指すのかで、準備を始めるタイミングが1年変わります。
この改正は「最大75万円に引き上げ」という見出しで紹介されることが多いのですが、実務でより深刻なのは減額されるほうです。まず全体像を整理します。
複式簿記+e-Tax → 65万円(据え置き)
複式簿記+書面(紙)で申告 → 現行55万円から10万円へ
簡易簿記 → 10万円(据え置き)
注目していただきたいのが3段目です。複式簿記できちんと帳簿をつけていても、申告書を紙で提出している人は、控除額が55万円から10万円に下がります。差は45万円です。
帳簿のつけ方は何も変わっていないのに、提出方法が紙であるという一点だけで45万円分の控除を失うという構造になっています。仮に所得税と住民税を合わせた税率が20%程度の方であれば、税負担の増加は年間で9万円前後という計算になります。
ただし、その場合は新設された75万円との差額10万円を取り逃がすことになります。65万円の要件をすでに満たしている方にとって、75万円に上げるために追加で必要なのは「優良な電子帳簿」の対応だけです。すでに会計ソフトを使っている方なら、設定と届出で届く可能性が高い水準です。
つまりこの改正には、「45万円減る人」と「10万円取り逃がす人」という2種類の当事者がいます。前者は紙で申告している方、後者はすでにe-Taxを使っている方です。どちらに当てはまるかで、やるべきことの緊急度が変わります。
75万円控除の鍵になるのが「優良な電子帳簿」です。名前だけ聞くと曖昧ですが、国税庁が要件をはっきり定めています。
まず前提として、電子帳簿には「優良な電子帳簿」と「優良以外の電子帳簿」の2段階があります。会計ソフトで帳簿をつけていれば自動的に優良になる、というものではありません。優良に該当するには、国税庁が定める次の要件をすべて満たす必要があります。
ロ 帳簿間の相互関連性
ハ 検索機能の確保
検索機能については、さらに3つの条件が示されています。
(条件1)取引年月日、取引金額、取引先により検索ができる
(条件2)日付又は金額の範囲指定により検索ができる
(条件3)2以上の任意の記録項目を組み合わせた条件により検索ができる
このうち「イ」は、正確には2つの履歴に分かれています。電子帳簿保存法施行規則第5条第5項第1号イは、(1)で訂正・削除の履歴を、(2)で追加入力の履歴をそれぞれ求めています。「訂正・削除・追加」の3つが揃って初めて要件を満たすと理解してください。
- 訂正・削除の履歴 → あとから仕訳を直したり消したりしたときに、その事実と内容が記録に残ること。つまりこっそり書き換えられない仕組みになっていること
- 追加入力の履歴 → 通常の業務処理期間を過ぎてから入力した仕訳について、後から付け足したという事実が確認できること
- 帳簿間の相互関連性 → 仕訳帳と総勘定元帳など、帳簿どうしのつながりをたどって確認できること
- 検索機能の確保 → 日付・金額・取引先で目的の記録を探し出せること
国税庁の取扱通達(8-10)では、入力時に個々の記録事項へ入力日や一連番号が自動的に付され、それを訂正・削除できないシステムであれば、この要件を満たすとされています。入力日や連番の順序を見れば、後から足した記録が分かるという考え方です。
なお通達(8-7)によれば、いわゆる反対仕訳を追加して元の記録を打ち消す方法も「訂正又は削除」に含まれるとされています。伝票を消さずに逆仕訳を入れる処理も、履歴の対象になるということです。
これらは手書きの帳簿やExcelでは基本的に満たせません。訂正の履歴が自動で残る仕組みや、帳簿間の関連性を保持する構造が必要になるためです。ここが、今回の改正が「デジタル化している事業者ほど控除が大きくなる」と言われる理由です。
「ダウンロードの求め」とは、税務調査などの際に、税務職員から電子データの提出を求められたら応じられるようにしておくことです。この対応をしていれば、範囲指定検索や組み合わせ検索の機能までは求められません。
なお「優良な電子帳簿」のメリットは控除額だけではありません。国税庁は、あらかじめ届出書を提出しておくことで、後からその電子帳簿に関連する過少申告が判明しても過少申告加算税が5%軽減される制度を設けています。申告にミスがあったときのペナルティが軽くなるという、控除とは別の利点です。
優良な電子帳簿の要件を満たす対象となるのは、国税庁が「特例国税関係帳簿」と呼ぶ帳簿です。所得税では、所得税法施行規則第58条第1項に規定する仕訳帳、総勘定元帳、その他必要な帳簿とされています。
ここで見落とされやすいのが「その他必要な帳簿」です。国税庁は令和6年1月1日以後に法定申告期限が到来する所得税について、この範囲を具体的に示しています。
- 売上その他収入に関する事項 → 売上帳
- 仕入れその他経費に関する事項 → 仕入帳、経費帳
- 売掛金に関する事項 → 売掛帳
- 買掛金に関する事項 → 買掛帳
- 手形上の債権債務に関する事項 → 受取手形記入帳、支払手形記入帳
- その他の債権債務に関する事項 → 貸付帳、借入帳など
- 減価償却資産に関する事項 → 固定資産台帳
- 繰延資産に関する事項 → 繰延資産台帳
副業や小規模な事業であれば、手形や繰延資産のようにそもそも発生しない項目も多いはずです。存在しない帳簿を作る必要はありません。ただし売上帳・経費帳・固定資産台帳あたりは多くの方に関係します。
ここで実務上ありがちなのが、会計ソフトでは仕訳を入れているのに、固定資産だけ別のExcelで管理しているというケースです。この状態だと、その帳簿は優良な電子帳簿の要件を満たしません。会計ソフトの中で完結させておくことが、結果的に要件を満たす近道になります。
75万円控除を使うのは2028年3月の申告です。そのため「まだ2年ある」と考えてしまいがちですが、実際の準備期限はもっと手前にあります。
理由はシンプルで、優良な電子帳簿は「その年の最初から」要件を満たしている必要があるためです。対象になるのは2027年1月1日から12月31日までの取引ですから、2027年1月1日の時点で、訂正削除履歴が残る状態になっていなければなりません。
つまり2026年中に会計ソフトを決め、設定を済ませておく必要があります。これが「まだ先の話」ではなく「今年中の話」である理由です。
もう一つ、届出書の期限と設定の期限は別物である点にも注意が必要です。
届出書の名称は「国税関係帳簿の電磁的記録等による保存等に係る65万円の青色申告特別控除・過少申告加算税の特例の適用を受ける旨の届出書」という長いものです。この届出書自体は、適用を受けようとする年の翌年3月15日(法定申告期限)までに提出すればよいとされています。
ここで「届出は翌年3月でいいのか、では急がなくていい」と考えてしまうのが、いちばん危ない誤解です。届出書は後から出せますが、帳簿そのものが年初から要件を満たしていなければ、届出書を出しても要件は満たせません。紙の手続きは後でも間に合う、しかし帳簿の実態は後から作れない、という関係になっています。
2. すでに会計ソフトを使っている方 → そのソフトが優良な電子帳簿に対応しているか、対応するための設定が必要かを確認する
3. 紙で申告している方 → e-Taxでの申告に切り替える準備をする(これをしないと55万円が10万円になります)
「自分の使っている会計ソフトは優良な電子帳簿に対応しているのか」を調べるとき、各社の宣伝文句を読み比べるよりも確実な方法があります。
JIIMA(公益社団法人日本文書情報マネジメント協会)が公開している「電子帳簿ソフト法的要件認証製品一覧」です。これは電子帳簿保存法の要件を満たしているかを第三者が認証した製品のリストで、優良な電子帳簿の機能要件についての承認を含んでいます。認証を受けた製品は国税庁のサイトにも掲載されます。
パターン2(保存):電子帳簿の保存のみを行うソフト
自分で帳簿をつけるために使う会計ソフトであれば、パターン1に該当するかどうかを見ることになります。
このリストには、弥生・マネーフォワード・TKC・ソリマチ・PCAなど、多くの会計ソフトメーカーの製品が掲載されています。個人事業主や副業の方が使うことの多い製品も含まれています。
またJIIMA認証は任意の制度であり、認証を受けていないソフトが要件を満たせないと決まっているわけでもありません。最終的には、使っているソフトの提供元が公表している情報で確認してください。
なお、75万円の要件には「優良な電子帳簿」のほかに「請求書データ等の自動連携」という新設のルートも設けられる方向とされています。ただし現時点では、具体的にどの製品のどの機能が該当するのかが明らかになっていません。対応を進めているメーカーも限られているとみられるため、いま準備するなら「優良な電子帳簿」のルートで考えるのが現実的です。
この改正は「控除が10万円増える」という話として語られがちですが、実際にはデジタル対応の度合いによって控除額に差をつけるという設計です。対応している人は増え、していない人は減ります。
そして重要なのは、やるべきことの中身自体は難しくないという点です。会計ソフトで帳簿をつけ、設定を確認し、e-Taxで期限内に申告する。すでに多くの方が半分は満たしています。問題は難易度ではなく、期限が2026年内であることに気づいているかどうかです。2028年の申告時に気づいても、そのときにはもう間に合いません。

