業務アプリはAIで自作
自分に合わせて直せる
「ここが使いにくい」と言うだけで直る。社内情報は渡しません
ここで多くの人が止まるのが「業務で使うなら顧客名や金額を入れることになる。それをAIに渡して大丈夫なのか」という点です。結論から言うと、渡す必要はありません。AIに作らせるのは「器」(プログラム)だけで、「中身」(実際の社内情報)は自分の手元で入れるという分け方ができるからです。この記事では、この「器と中身を分ける」考え方と、PythonとExcelの使い分け、つまずきやすい点を整理します。
生成AIの業務利用でよく言われるのが「機密情報を入力してはいけない」というルールです。これは正しいのですが、そこで話が終わってしまうため、「じゃあ業務では使えない」という結論になりがちです。
しかし業務アプリを作る場合、AIに渡す必要があるのは「どういう機能が欲しいか」だけです。実際のデータは1件も要りません。
この指示の中に、実在する顧客の名前は1つも入っていません。AIが作るのは「名前を入れる箱」であって、「名前そのもの」ではないからです。
できあがったプログラムを自分のパソコンで動かし、そこで初めて実際の顧客名を入力します。この時点でAIとの通信は終わっているため、入力した情報がAI側に送られることはありません。
エラーが出たときの画面をそのまま貼り付ける——エラーメッセージには、処理していたデータの中身が含まれていることがあります
「うまくいかないのでファイルを見てほしい」と実ファイルを渡す——中身ごと渡すことになります
サンプルとして実在の顧客名を使う——架空の名前(山田太郎など)を使えば足ります
作るときより、直すときのほうが危険です。エラーを相談するときは、データ部分を架空のものに置き換えてから貼り付けてください。
個人情報保護委員会は2023年6月、生成AIサービスについて注意喚起を出しており、個人情報を含むプロンプトを入力する場合は、利用目的の達成に必要な範囲内であることを十分に確認する必要があるとしています。器だけを作らせる方法は、そもそも個人情報を入力しないため、この論点自体が発生しないという利点があります。
筆者の体感では、簡単なPythonアプリなら1時間もあれば動くものができます。「簡単な」と書くと単純な集計程度に思われるかもしれませんが、操作画面のあるアプリがこの範囲に入ります。
予定表アプリ——訪問予定をカレンダー形式で表示し、その日の予定を一覧で出す。顧客名で絞り込む
常駐アラートアプリ——裏で動かしておき、期限が近づいたら画面に通知を出す。申告期限や支払期日の抜けを防ぐ用途
顧客管理アプリ——連絡先と訪問履歴を登録し、検索・絞り込みができる。次回訪問日が近い順に並べる
いずれも操作画面があり、データを保存でき、繰り返し使えるものです。「ちょっとした集計」ではなく、アプリと呼べる規模がこの時間で形になります。
もちろん、最初から全機能が揃うわけではありません。1時間で「動く状態」になり、そこから使いながら足していくという進み方になります。
この「1時間」を聞くと、「それなら既製ソフトを探して落としたほうが速い」と感じるかもしれません。今すぐ必要なものであれば、そのとおりです。すぐに使いたいなら、既製品を使えばいいと筆者も思います。
ただし、その速さは導入したその日だけのものです。合わない部分は、その後ずっと使い続ける限り残ります。毎回の手作業が5分だとしても、それが日常業務なら1年で相当な時間になります。最初の1時間と、この先ずっとを比べる話だという点は押さえておいてください。
そしてもう一つ、この1時間はずっと画面に張り付いている必要がありません。
ときどき確認して、許可を求められたら応じる——実際に必要な手はこの程度です。つきっきりの作業ではありません。
既製ツールを探す場合と比べてみると、違いがはっきりします。ツール探しは検索する・比較する・試用する・機能が足りず別を探す——この間ずっと自分が動き続ける必要があります。しかも探している時間は、何も生み出していません。
一方でAIに作らせる場合、待ち時間が他の業務に転用できます。「1時間かかる」の中身が、拘束される1時間なのか、放置できる1時間なのかで、実質的なコストはまったく違います。
自作が向くのは、①自分(または少人数)が使う ②法令改正の影響を受けにくい ③既製品では細かく合わないもの。タスク管理・予定表・顧客管理・期限アラートといった「業務の進め方そのものが人によって違う」領域が中心になります。既製品が合いにくいのは、まさにこのやり方が人それぞれだからです。
「AIに作らせる」といっても、出力先はひとつではありません。筆者は基本はPythonのアプリ、Excelのほうが楽な場面ではExcelという使い分けをしています。
ここで「処理が複雑だからPython」という分け方はしません。複雑なものを作ろうとすれば、それだけ時間がかかるためです。判断の軸は複雑さではなく、次の4つです。
- ①顧客や他部署に渡すか——渡すならExcel。相手の環境にPythonが入っていなくても開けます
- ②UI(操作画面)が必要か——入力欄やボタンのある画面で操作したいならPython。Excelでは自由な画面を作りにくいためです
- ③常駐させる処理が必要か——決まった時刻に自動で動かす、裏で動かし続けるといった処理はPython。期限が近づいたら通知を出す常駐アラートが典型例で、Excelは開いている間しか動きません
- ④他のサービスと組み合わせるか——他のツールからデータを取ってくる、別の形式に変換して渡すといった連携が必要ならPython
逆に②〜④に1つでも当てはまるなら、Excelでは無理をすることになります。画面が欲しい・自動で動かしたい・他と繋げたい、という要求はExcelの得意分野から外れるためです。
なお筆者の場合、顧客に渡す一覧表はマクロでまとめて作るという使い方もしています。集計そのものはマクロに任せ、出来上がりはExcelのまま渡せるためです。
この使い分けを自分で判断できなくても構いません。「顧客に配る一覧表を作りたい」と目的を伝えれば、どの形式が適しているかもあわせて提案されます。
うまく作れない原因の多くは、指示の出し方にあります。よくあるのが、自分で仕様を決めきってから伝えようとして、そこで手が止まってしまうケースです。
伝えるべきは「今どうしていて、何が面倒なのか」です。「顧客の連絡先をExcelで管理しているが、次にいつ訪問するかが一覧で見えず、毎回探している」——この程度で十分に伝わります。
そして一度で完成させようとしないことです。まず動く最小限のものを作らせ、実際に触ってから「ここを直したい」と追加していくほうが、結果的に速く、自分の使い方に合ったものになります。
- 最初は項目を絞る——欲しい機能を全部並べると、動くまでが遠くなります
- 触ってから直す——使ってみて初めて「この並び順は違う」と気づきます
- 直したい点は具体的に伝える——「使いにくい」ではなく「日付が古い順になっているので、新しい順にしたい」
既製ソフトを買ってから合わないと気づくと、費用も乗り換えの手間も発生します。自作なら作り直しても失うのは待ち時間だけで、その待ち時間も他の業務に充てられています。
そして、ここが既製ソフトとの最大の違いになります。あとから自分の都合で直せるという点です。
使っているうちに出てくる「ここが惜しい」を、その場で直せます。既製ソフトでは要望を出しても反映されるとは限らず、多くの場合そのまま使い続けることになります。しかもプログラムを書き換える必要はなく、困っていることを言葉で伝えるだけです。
② 自分が欲しい用途を追加できる
最初は顧客の一覧だけだったものに、あとから「訪問履歴も残したい」「期限が近いものだけ色を変えたい」と足していけます。使いながら育てられるのが自作の強みです。
③ 細かいUIの調整ができる
並び順、表示する項目、ボタンの位置、文字の大きさ——自分がいちばん使いやすい形に寄せられます。既製ソフトの「あと一歩かゆいところに手が届かない」がありません。
「訪問予定日が今週中のものだけ、色を変えて目立たせたい」
「この項目は使わないので、画面から消してほしい」
専門用語は要りません。プログラムのどこをどう書き換えるかを考えるのはAIの側です。使っていて感じた不便を、そのまま言葉にすれば直ります。
既製ソフトは不特定多数に合わせて作られているため、どうしても自分の業務そのものには合いません。合わない部分に自分のやり方を寄せて使うことになります。自作なら逆で、ツールのほうを自分に合わせられます。この差は、使う期間が長くなるほど効いてきます。
動くものができると安心してしまいますが、業務で使うなら確認しておくべきことがあります。とくに経理業務で使う場合、計算結果をそのまま信用しないことが重要です。
- 集計結果を手計算と突き合わせる——最初の1回は必ず検算します。合計が合っているか、件数が漏れていないかを確認してから運用に乗せます
- バックアップを取る——自作ツールにデータを入れたまま、そのファイルが唯一の保管場所になっている状態は危険です
- 消費税・端数処理を確認する——切り捨て・切り上げ・四捨五入のどれになっているかは、指示しなければ意図と違う場合があります
- 保存する場所を決める——顧客情報を含むファイルを、社外に同期されるフォルダに置いていないか確認します
理由は電子帳簿保存法の要件です。帳簿を電子データで保存する場合には、訂正削除の履歴が残ることなど定められた要件があり、自作ツールでこれらを満たすのは容易ではありません。優良な電子帳簿として青色申告特別控除の上乗せを受けたい場合は、なおさら要件が厳格になります。
ここまで「器と中身を分ければAIに社内情報は渡らない」と説明しましたが、これは技術的な話です。実際に職場で使うには、組織のルール上それが認められているかという別の確認が要ります。
- 勤務先の生成AI利用ルール——利用してよいサービスやプランが指定されている場合があります
- 顧問先・取引先との秘密保持契約——情報の取扱いについて個別の取り決めがある場合、そちらが優先します
- 自作ツールを業務に使うことの可否——業務で使うシステムを個人が作ってよいかは、職場によって考え方が分かれます
- データの保存場所——顧客情報を個人のパソコンに保存すること自体が禁止されている場合があります
総務省・経済産業省の「AI事業者ガイドライン」(第1.2版・2026年3月31日公表)は、AIを業務で使う「AI利用者」も対象に含めています。法的拘束力のある規制ではありませんが、組織として利用方針を整えるうえでの参考になります。
迷ったときの現実的な進め方は、まず社内情報を一切含まない場面から始めることです。自分の業務メモの整理や、架空データでの試作であれば、確認の負荷は下がります。そこで手応えを掴んでから、扱う情報の範囲を広げるかどうかを職場に相談する——この順序が安全です。
→ 実データは渡さず作れる
→ 合わない部分は残り続ける
→ 複雑さでは分けない
→ ツールを自分に合わせる
→ 帳簿本体は代替しない
→ 技術的な可否とは別問題
既製ソフトは、今すぐ使いたいときには確実に速い選択肢です。ただし合わない部分は、使い続ける限り残ります。自作なら、使いながら「ここが不便」と言葉で伝えるだけで直していける——ツールのほうを自分に合わせられるのが、いちばんの違いです。
そして「機密情報を入れてはいけないからAIは業務で使えない」というのは、入力する前提で考えているから出てくる結論です。器だけを作らせて、中身は自分で入れる——この分け方をすれば、渡す情報がそもそも発生しません。まずは架空のデータでタスク管理や予定表を1つ作ってみるところから始めれば、リスクを抱えずに感触を掴めます。

